
プロファイル
わたくしの略歴
昭和42年〜昭和51年 大阪府守口市の、須川常美伯父の工房「はくせいアート」で見習いとして、剥製加工技術を修業した。
「想像はしていたけれど、周りは動物の死体ばかり、それも触らなければ仕事にならない。初めのうちは食事ものどを通らなかった。
景気が良かった時代、寝る間も無いほど働いた。それが今は、つらかったことよりも、楽しかったことが忘れられない。
お客様にはハンターが多かった。動物を見る目はプロ。気が抜けない。動物園に通って、生き物の生態を観察することで、お客様
に負けない鑑識眼を養った。獲物を食用にするハンターの目の前で、獲物を解体し、肉を捌く。いつの間にか、ハンターたちから、
神業と言われるくらいの技術が身につきました。」
昭和52年(30才) 兵庫県西脇市に独立し「はくせいアートかわはし」を開店。
NHKの「明るい農村」に出演したことがある。昭和53年のこと。猟犬の訓練、剥製の作業場などが紹介された。
昭和54年 大阪府茨木市の現在地に移転。
わたくしの作品歴、指導歴など
○万博協会での仕事
大阪府に生息するメジロ、タカなどの剥製を制作。
万博公園・自然文化圏・自然観察学習館に展示。
○甲子園浜自然環境センターでの仕事
コマドリなどの小鳥類の剥製を制作。
○科学教育研究協議会・全国研究大会
第43回大阪大会で、剥製実技指導。
第48回京都大会で、剥製実技指導。
「この仕事で最も大切なことは、腐敗の防止です。お客さまとの
トラブルを防ぐには、獲物をお預かりする時点での確認が欠かせ
ません。次に取り違えミスはゼロにしなければならない。一日に
何十羽の仕事の依頼をいただいても、間違えたことはありません。
信用が第一の世界で、まっとうできている喜びは格別です。」
「日本一の剥製職人と言われた社長(須川常美)の元で、『よその
作品を見る必要はない。わしの仕事を見て、盗め』と鍛えられました。
幸運に恵まれた修業でした。社長は5年前に他界しました。社長の
分身、奥様はお元気で、今もご指導いただいております。この仕事、
生涯の精進が必要です。」